カトリックの第八戒は「偽証してはならない」です。
もうちょっと長く言う場合は、「隣人に関して偽証してはならない」となるようです。(自分についてならいいのかな?などという屁理屈は置いておいて…。)
カトリック教会のカテキズムによれば、この掟は、「他人とのかかわりの中で、真実を歪曲することを禁じるもの」ということです。(カテキズム2464)
偽証というと、法廷での証言みたいな雰囲気の言葉ですけど、それだけではなく日常でのウソや悪口も入るようです。
そういうものは、本当に人を傷つけますし、害を与えますもんね。
時に本物の暴力以上に、言葉は人を傷つけます。
そして、そういえば、神の十戒の中に、人を殴ってはならないとか、人を物理的に傷つけてはならない、という戒めはないんですよね。
でも、それなのに、舌を使っての暴力は、こうしてわざわざ大きな十の掟のうちの一つを使って、明確に禁じているわけです。
そちらの方が、ある意味で深刻だということなのでしょう。
キリストは、十字架刑という物理的な暴力で殺されましたが、その物理的な暴力を正当化したのが、舌を使っての偽証でした。
もし、突然誰かが物理的な暴力をつかいはじめたら、それは犯罪になるんですよね。で、周囲の人たちはきっと驚いて止める。仮に周囲に誰もいなくて、止められずに為されてしまったとしても、それは犯罪と見なされるでしょう。
でも、事前に偽証で根回しをしておいたら、その同じ暴力が正当化されて、もはや犯罪ではなく正義としてなされることがある、ということです。
こう考えると、確かに、舌による暴力の方が、物理的な暴力より一段上の次元にいるような感じがします。
また、当たり前のことですけど、ウソはいけないと言っても、あまり杓子定規にすべてのウソをダメというものでもないのだろうとは思います。
ウソも方便という言葉もありますしね。
トマス・アクィナスも、ウソを三つにわけて説明しており、それによると、冗談のウソとか、ウソだけど誰も傷つけないような類の、罪のないウソとかは、免罪されるようです。
今日も読んでくださって、どうもありがとう。
第八戒「偽証してはならない」
まじめな教義・聖書の話
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