こんにちは。
「お祈りします」という言い方は、カトリック信者に限らず、一般によく言いますよね。
何かで相手を応援したいとき、何かがうまくいってほしいな、と思うとき。
「うまくいくように祈ってるね!」
「ご多幸をお祈りしますね」
こういうことを付け加えるのが大人の常識という場合もありますし、コミュニケーションの潤滑油にもなることもあります。
もちろん、相手への思いやりを示すそれは、とても気持ちの良い言い方です。が、同時に私たちは一般に、ただの礼儀、方便だという感じで受け取ります。
しかし、これがカトリック信者の場合、どうでしょうか。
気を付けてください。
カトリック信者から「祈ってるね」と言われたら、彼らは本当に祈っています。
たいていの場合、一日に一回以上はあなたの名前を思い出して、本当に祈っています。なんなら教会単位で祈られていることもあります。修道院単位のこともあります。
観想修道院なんかで、さらに横のつながりがあるときは、複数の修道院で連携されていることもあります。
ある神父様は、「祈ります」と言った人の名前を全員忘れずに夜の祈りのときに言えるように、ベッドのそばに名前のリストの紙を貼っていらっしゃいました。その神父様にとって、誰かに「あなたのために祈ります」というというのは、そういうことなのです。
そんなカトリック信者の祈り、重かったらすみません。
勝手に祈っているだけなので、気にせずに放っておいてくださって大丈夫です。また、別に祈られたからといって何かお返しをしなければならないわけでもありませんし、成果が出たよと報告しなければならないわけでもありません。
ただ、その「祈ります」は常識的なリップサービスの言葉ではなく、本当に祈られていることだけはご覚悟(?)ください。
ちなみにこれ、カトリックのみならず、プロテスタントの方にも当てはまることかもしれません・・・。(私はプロテスタントの方々のことは詳しくないのでよくわからないのです…すみません。)
ただ、実際に一度、私はよく知らないアメリカ人の方に「祈っているよ」と言われ、気軽にありがとー!と返していたら、その後、本当に遠いアメリカのプロテスタント教会の皆さま(ほぼ全員私を知らない)から祈られていたということがありますので、その可能性は低くなさそうです・・・。
カトリック信徒が「あなたのために祈ります」と言うとき(冗談半分の戯言です)
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