第三週;一致の道≪受難の観想≫(4)~死ぬべき冤罪者

イグナチオの霊操

受難の観想(第三週三日目)

「カヤファの家からピラトの家までの聖なる出来事。
ユダヤ人の大群衆は、イエズスをピラトのところまで連れていく。
ピラトは、イエズスを二、三尋問して言う。
『私はこの人に何の罪も認めない』
群集は、祭りの習慣により一人釈放する罪人として、イエズスよりも強盗のバラバを選び、
『その人ではなく、バラバを』と口々に叫んだ。」
(霊操208,293)


罪がないにもかかわらず、罪びととして引き回されるイエズス…。
熱狂した人々は、祭りの時期にあたり恩赦として釈放される罪びとを選ぶにあたり、ためらいなくバラバと叫ぶ。
自分の死を望む多くの人々の叫びを聞きながら、イエズスは沈黙を貫かれる…

補足~「ポンシオ・ピラトの管下にて」の意味するもの?

 カトリックでは、この出来事が起こったのを「ポンシオ・ピラトの下で」等と、その受難がピラトまたはローマの管轄下であったことをしばしば強調しています。
 確かに、磔刑はローマ帝国の制度の中でなされましたし、ローマというおごれる大権力の思考はキリストの教えとしばしば正反対でしたから、それは正しいものだと思います。
 が、権力者たるピラトが暴動を起こしかねない群集を恐れてキリストの磔刑を許可したにしても、そもそも第一にはそれを要求したユダヤ人の群衆たちの責であったはずです。
 こうしたキリスト磔刑の責をユダヤ人以上にピラト・ローマに求めようとするかに見えるその背後には、
キリスト磔刑を求めたのがユダヤ人であるという事を根拠に、(しかもその当時のユダヤ人たちは、とにかく磔刑にかかわりたくなかったピラトが「私にこの人の血に責任はない」と言って群集の前で手を洗ってみせたのに対し、
「その人の血の責任は、私たちと私たちの子孫の上に!」とまで叫んでいます)、
ヨーロッパで長らくユダヤ人差別が公に行われてきたという歴史があります。
 もちろん、この場合のユダヤ人とは私たち人類全体の代表のようなもので、イエズスの磔刑は私たち人間皆の罪のためになされたと考えるべきであり、
このエピソードでもって特定の集団の人々に「神殺しの人々」という罪のラベルを貼り、その後二千年にわたり迫害してきたという事実は、まさにキリストを迫害した側の群衆とも似て、なんとも悲しく皮肉なことです。
 私たちは、存在する限りずっとこうした罪を繰り返さざるを得ないものなのでしょう。
(もっとも、それがわかっていても、罪を絶えずおかしながら、それでもその罪の十字架を背負ってあの人の後を歩いていく、それしか選択肢はないし、たぶんそれが正解なのだろうと思います。)

 ともかくそうしたことから、特に現在の傾向として、ユダヤ人という名称を出すことをなるべく避け、ローマの管轄下だった、とか、ピラトはこの人には罪がないと思ったのなら群集を恐れずにその責を全うするべきだった、とかという部分に焦点を当てようとしがちなのは、カトリック教会の気遣いのようなものかと思います。
 しかし、そうした忖度をのぞいて見てみると、やはり十字架につけたのは、人を磔刑にする権力を持っていたローマ以上に、そんな権力をもっていなかった「十字架につけろ」と叫んだ群集であると思います。
 権力はお金同様しばしば罪につながる恐ろしい力ですが、しかし権力そのものが罪だというものではなく、権力を持たない無力な状態であっても、私たちは大きな罪を犯すことができます。(ちなみに、筆者は群衆心理学の著書で「伝統的に悪魔を蛇としてあらわすが、蛇とは集団となった人々 ―つまり長い列をなす、、上から見たら蛇のように見える― の象徴ではないか」と言う見解を読んだことがあります。宗教的な見方とは違いますが、心理学としては興味深いものです。)
 もちろんそんな”群集”とは特定の民族・宗教集団の人々というわけではなく、どんな民族・国家・宗教に属しているかにかかわらず私たち人間全体です。

「あなたがた偽善者は不幸だ。
あなた方は、預言者の墓を建てたり、正しい人の記念碑をかざったりして、こう言う。
『もし私たちが先祖の時代(預言者が殺された時代)に生きていたならば、預言者の血を流した彼らに組することはなかったであろう』と。
こうして、あなた方は預言者殺しの子孫であることを、自分で証明している。」
(マタイ23.29-31)

「私だったらあの正しい預言者を殺さなかったはずだ」と言い切る人々が神の子を殺し、
そんな”神殺しの子孫”たちを殺した人々が今度は罪びととして国際法廷に立つ、

そんな”人道に反する”歴史を見て、
私は「私だったら絶対あの場所にあの罪なき人々を送ることなど支持しなかった」と言い切る度胸があるだろうか?

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