第三週;一致の道≪受難の観想≫(2)~血の汗

イグナチオの霊操

ゲッセマニの園の祈りの観想
イエズスは、ペトロとヤコボとヨハネの三人を伴って御父に三度祈られた。
「父よ、できるならば、私からこの杯を取り去ってください。
 けれども、私の思いではなく、あなたの御心がなりますように。」
(霊操290)

死を前にして、ストア主義者ソクラテスは岩のように超然としていた。
イエズスは血の汗を流される…。
人間イエズスにとっては、死は、肉体の牢獄から精神が解き放たれるということではない。
(注;精神を重視し、肉体はその単なる入れ物、しかも精神の高潔さをしばしば損なう入れ物に過ぎないと考えるストア派に対し、イグナチオは肉体も精神も同様に重視するより全人的な考え方をしていた。)
死は、霊魂と肉体とが一つになった人間存在の分裂、神のみわざではなく、罪がもたらす決裂…。

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