過ぎ去ることを望んだ杯

まじめな教義・聖書の話

その杯の中身は

 杯というと何を思い出しますか?酒杯とも書きますね。
人はしばしば酒を酌み交わしながら相手との絆などを確かめます。これは世界共通のようです。
 また新たな関係、約束、義務を定めたりする時に、杯じたいがその誓いの象徴として使われることもあります。
 そしてそれは、キリストの時代も同様でした。
 ただ、興味深いのは、特に旧約・新約聖書においては、それはしばしば「神との」契約、「神に対する」義務を表したことです。
 そして、(人が罪を犯したということから仕方がないのですが)、それは決して甘い勝利の美酒のようなものではなく、常に苦いものでした。

 そして、例にもれずキリストがゲッセマネで言及した杯もまた、何らかの苦しみを指していました。
 しかし、それが来たるべき十字架の受難について言っているのかと思いきや、追及してみると意外と厄介で、どうもそれだけの意味ではないようでもあります。
 この「杯」が示す苦しみは一体何だったのか。
 今回は、その杯から受難について考えてみたいと思います。 

ゲッセマネの苦しみ

 受難を前に、キリストはゲッセマネの園において苦しい祈りを捧げられます。
「父よ、できることならこの杯を過ぎ去らせてください。
しかし、私の望むとおりにではなく、あなたの望まれるとおりになりますように」と。
 ですが、「この杯」を取り除いてくださいという祈りは聞き遂げられず、
代わりに天から現れたみ使いに力づけられ、キリストは決意を固められます。
そして、「時が来た。さあ、行こう」
と弟子たちに声をかけ、すすんで受難へ向かわれるのです。

 ここで、この杯とは、これから始まる一連の受難を指しているととるのがもっとも素直かと思います。
 そう取る場合、この場面は、十字架の苦しみと死を前にして、
わたしたちと同じように恐れ、苦しみもだえる人間イエスの姿を描いたということになります。
 神であるキリストが人間の弱さまでをわが身のこととして体験してくださったことに、
わたしたちはキリストの限りない愛を感じ、勇気づけられますから、そう取ることも間違ってはいないように思われます。

受難の予告

 しかし、ここで、ちょっと立ち止まって考えてみたいのですが、
キリストはすでに受難について、周囲の人たち(主に弟子たち)にかなり語ってしまっています。
 以下、それらの箇所を抜粋します。
最初の受難の予告はかなり早い時点で、ペトロの信仰宣言のあとです。

それからイエスは、
人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、

三日後に復活することになっていると、弟子たちに教え始められた。
(マルコ8.31~33、マタイ16.21~23、ルカ9.22)

ちなみに、この直前にその信仰をほめられ岩(=ペトロ)という名前をもらったシモン・ペトロは、この受難予告を聞いて、
「そんなこと言うもんじゃありません」とキリストをいさめようとし、逆に叱られています。

二回目の受難予告 ~ 宣教でガリラヤにいたころ
一行がガリラヤを巡回していたとき、イエスは仰せになった。
「人の子は人々に渡されることになっている。

そして、人々に殺されるが、三日目に復活する」
(マタイ17.22~23、マルコ9.30~32、ルカ9.43~45


三回目の受難予告 ~エルサレム入場前
イエスはエルサレムに上る途中、12人の弟子だけを呼び寄せて、仰せになった。
「さあいよいよ、わたしたちはエルサレムにのぼって行く。
そして人の子は、大祭司や律法学者たちに渡され、死刑を宣告される。
彼らは人の子をあざけり、むち打ち、十字架につけるために、異邦人に渡す。
しかし、人の子は三日目に復活する。」
(マタイ20.17~19、マルコ10.32~34、ルカ18.31~34)


また、いわゆる受難予告としてはカウントされていない箇所ですが(一般に上記の三つが『三回の受難予告』と呼ばれます)、
マタイ福音書においては過ぎ越しの祭りの直前にもキリストが受難について言及したことが記されています。
「あなたたちも知っているとおり、二日の後は過ぎ越しの祭りである。
その日、人の子は引き渡されて十字架につけられるであろう。」
(マタイ26.2)


 ここから何が言いたいかというと、これだけ何度もはっきり十字架につけられて殺されると弟子たちに言ってしまっているのに、
この杯を取り除いてくださいと望んだ、あのゲッセマネでの祈りが聞き入れられてしまっていたらどうなったのか、ということです。

不思議な矛盾

 弟子たちは、確かに、これら受難の予告を聞いても、その真の意義を悟ってはいません。
 しかし、その意義を理解できていないだけで、情報としては一応伝わっています。
 実際ゲッセマネでの祈りは聞き入れられず、結果としてあの受難は避けられなかったのですが、かといって、
キリストが最初から「神は絶対聞き入れてくださるはずがないけど、一応祈っておこう」という気持ちで、
あの血の汗を流す苦しい祈りの時間を過ごしたとは思えません。
 やはりキリストが祈るとき、それは心の底から本気で父なる神にお願いしているのだと思います。
 ですから、結果として聞き入れられなかったから大丈夫(?)だったとは言え、
もし本当に十字架の受難が回避されてしまっていたら、あの予告は一体何だったのかということになっていた、というある種のパラドックスがあるのです。
 そんなことになってしまったら、むしろいさめたペトロがグッジョブだったということになりかねません。
 
 この矛盾はキリストらしからぬものです。
 そのことから、次の可能性が浮かび上がってきます。
キリストが過ぎ去ることを望んだ杯とは、そもそもあの十字架の受難ではなかったのかもしれない、ということです。
全く違う何かだったのか、もしくはあの受難を含む何かもっと大きなものだったのか…。

「陰府に下りて」

復活後の弟子たちの手紙より

 それは一体何だったのか。
少なくとも、ゲッセマネのときまでにキリストが弟子たちに向かって事前予告した中にはなかった事柄でしょう。
 弟子たちには伏せられ、キリストと神の間では共有されつつも、キリストはゲッセマネの祈りの時まで受け入れるかどうか覚悟を決めかねていた、何らかの計画です。

 福音書からはどうにも想像がつきづらいことなのですが、
これは復活後のキリストから何かを学んらしい弟子たちの手紙から、少しだけ推測することができるかもしれません。
 実際ペトロは興味深いことを言っています。
 また、復活後のキリストに出会って福音を延べ伝える使徒となったパウロもまた、不思議なことを言っています。
以下、彼らの手紙より一部引用します。

キリストもまた、一度、あなたたちの罪のゆえに死なれました。
正しい方が不正な人たちのために死なれたのです。

それはあなた方を神のもとに導くためでありました。
キリストは肉においては死に渡されましたが、霊においては生かされたのです。

また霊においてキリストは、とらわれの霊たちのところへ行き宣言されました。
この霊どもは、かつてノアの時代に箱舟が建造された間、神が忍耐をもって待っておられましたが、従わなかった霊どものことです。
 (ペトロ1、3.18)
~・~・~・~・~・~・~・~・~
『主は高いところに上られたとき、
とらえた者たちを捕虜にして連れ去り、
人々に賜物を与えた』
上ったということは、それ以前に、はるか下のほうへ下ったということにほかならないではありませんか。

 (エフェソ4.9)

 霊においてキリストは、とらえられた霊たちのところへ行き、何らかの宣言をされた、とペトロは言っていますが、これはどういうことでしょう。
 続く彼の手紙によれば、この「とらわれた霊」たちとは「ノアの洪水のときに神に従わなかった霊」だということですが、
ペトロが前提としていたであろう当時のユダヤ伝承によれば、
洪水の罰を受けた霊とは、創世記6.2に描かれている悪霊に発しているとされていたので、
ここはノアの洪水に限定せず、
悪一般とか、その悪によって神に従わなかった者一般というような広いとり方でいいかもしれません。
 また、パウロによるエフェソへの手紙では、キリストが「高いところへ上られ」る前に、低いところへ下って、「とらえた者たちを捕虜にして連れ去り、人々に賜物を与えた」とされています。

 これらから察するに、どうもキリストは磔刑で亡くなったあと、天に上る前に、どこかとても低い場所に寄って(?)何らかの行動をとられたように思われます。
 それは、主の復活を目にした後の弟子たちであれば理解ができたかもしれないけれども、
それ以前の弟子たちには理解できなかったであろう、なにかこの世を超えたところでの出来事だったようです。

陰府とは

教会の試み

 この世を超えたものを知覚できないわたしたちにとって、それが何だったか想像することはきわめて困難です。
 が、たとえそれがわたしたちの知覚や常識と相いれなくとも、そのことばを私たちの常識のほうへ近づけて現代社会に受け入れられやすい教義を作り上げたり、理解した気になるのはあまり誠実な態度とは言えないのではないかと思います。
(もちろん、なんでも文字通りとればよいというものではありませんが…。)

 この点に関して教会は、使徒たちからくる教えをとても忠実に受けとろうと努めてきたようです。
 このために、教父たちは「陰府(よみ)」といった概念を作り出しました。
そして、それがいわゆる「陰府くだり」へとつながっていきます。
 それは使徒信条にも出てくる教義の重要箇所で、
カトリックではかつてはそれを「古聖所(または辺獄)にくだりて」と言っていましたが、今ではそれらの言葉は使っておらず、
単に「陰府(よみ)に下って」とか、「死者のうちから」とかという表現になっています。

 ちなみに東方正教会では、「地獄くだり」という、よりインパクトのある表現となっているようです。

陰府という孤独の場

そして、そこを陰府と呼ぶにしても地獄と呼ぶにしても、
使徒たちの手紙からするにそこには何らかの「悪」があり、そして「捕らわれた」霊たちがいる場所であるわけです。
 積極的な「悪」という言い方に違和感があれば、「無」と言ってもいいのかもしれません。
 というのも実際、ヘブライ語でScheol というこの単語は、死の彼方の状態をさし、有よりは無を連想させるものだったようだからです。
 思うに、愛である神から本当に切り離されてしまうことがあれば、それは無といって良いでしょうし、
また神とつながるべき本来の調和が乱されたとすれば、それを悪と言うこともできるように思われます。
 ですから、この二つは似たようなものではないでしょうか。
どちらにしろそこは、神の声が届かない場所です。
 それは究極の孤独であり、そして人間の罪とその結果の最たるもののように思われます。

 私たちが地上で見る悪や無は、地上にある善と同様、常に不完全なものですから、私たちはそこまでの悪や無を見たことはありませんから、神の声が届かないほどの完全な悪や無の場所なんて想像しにくいものです。
 地上にいる限りは、自分から拒否しない限り神の声の届かない場所はありません。
しかし、死の扉をくぐったあとには、陰府という、
もはや神の声すらが絶たれる深くて暗い究極の遺棄があるようで、
 そして、キリストは十字架による磔刑によってこの世での生を終えた後、その遺棄の場所にまで下られたらしいのです。

通り過ぎることを望んだ杯

 私たちに認識できるのは、この世で起こったあの十字架の受難のみですが、
彼の背負った受難はそれだけにとどまらず、
じつはこの死の扉の向こう側の究極の孤独、遺棄を味わうことまでをも含んでいたのではないでしょうか。
 そして、こうした神との断絶という究極の孤独、遺棄の状態に行ってもなお、
十字架の上でと同じように愛を捨てることなく、かえってその場所に愛をもたらすことでその場所を変えた――つまり打ち勝たれたーー…
 そう言うことをぺトロやパウロの手紙は示しているのではないでしょうか。
  
 そう考えると、キリストがゲッセマネで言及した杯というのは、このことだったのかもしれません。
 それは、肉体的、精神的な十字架の受難とはまた異質の、霊的な受難。
 神から離れる究極の孤独という杯。
想像もできませんが、それはキリストにとって、できることなら通り過ぎてほしいと願うほどに、本当に苦しい試練だったのだろうと思います。
 しかし、血の汗を流したゲッセマネでの苦しい時間を経て、キリストはそれを受け入れられました。
 それは十字架と違って、人間が目にすることのできないものでしたが、
最初の人間アダムが罪を犯して以来、人は罪を犯すものとなり、それによって崩されてしまった神との調和を、キリストがもう一度整えたわけです。
 ですから、それは罪のあがないでもありました。

聖櫃の明かりが消える日

 ところで、神と一体であるキリストは、どこにでも、いつでもおられるはずなのに、なぜ聖土曜日はキリストの不在、神の不在の日と言われるのだろう、という疑問をお持ちになったことのある方もいらっしゃると思います。
 まるでそれは教義上の矛盾のようですが、その問いへの答えが、この陰府下りです。
キリストがただ一度だけ父なる神の声が届かない場所ーーつまりは無、死の世界――に下られたことを記念しての伝統です。
 それを象徴して、聖土曜日は聖櫃のランプが消されますが、それは単にこの地上からキリストが姿を消されたという意味での死を越えたキリストの不在があったことを示しているわけです。

陰府に打ち勝つ~復活という勝利と第二の死

 しかし、その究極の遺棄の場所は、もはや同じではありません。
その場所には愛が今や住んでいます。
 その場所にキリスト自らが下りて、神の声が届かなかったところに神の声を伝えて下さったからです。
 それは陰府に対する勝利の宣言でもあります。
 キリストの復活とは、磔刑のあとに地上に戻ってくるというだけでなく、こうした陰府、死に対する勝利をも意味するものであったわけです。

 ですから、もはや死は第二の死、自己封鎖による神の拒絶のみです。
 歴史がどのように終わるのかはわかりません。
もしかすると、それは悲劇的なものになるかもしれません。
しかし、歴史がどうであれ、すでにキリストが死に打ち勝っておられることをキリスト者は知っています。
 ですから、キリスト者はどのような悲惨な歴史を見ても絶望することはありません。
究極の楽観主義なのです。

追記;人の罪を背負う不思議

 ところで、キリストはあの痛ましい十字架上の死のみならず、暗い陰府にまで下りる受難を私たちの代わりに受け入れ、それを償ってくださったというわけなですが、
それにしても、そもそもキリストが私たちの代わりに罪を背負うとか罰を受けるとかというのが、いったいどういうことなのかピンとこないという方も多いのではないでしょうか。
 むしろ、本人でない人間が罰を受けてもねぇ…というのが普通の感覚ではないかと思います。
 これは受難について思いをめぐらすと必ず出てくる疑問です。
 今回の記事の中でもっと言及すべきことであったかもしれませんが、あまりダラダラと長くなるのもなんですので、次回のテーマとし、今回の投稿を終わりたいと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました