第二週;照らしの道(9)~イエズスの公生活についての観想(二週前期)

イグナチオの霊操

ヨハネからの洗礼
「母マリアに別れを告げ、イエズスはナザレからヨルダン川へ行かれた…。
すると聖霊が下り、天から父の御声がひびいた。
『これは私の愛する子、私の心にかなう者である』」
(霊操273)

洗礼は、キリストにとっては、罪の世界への入り口。
そして、私たちにとっては、罪の世界からの出口。

荒れ野での試み
「洗礼をうけたのち、イエズスは荒れ野に行かれ、40日間のあいだ断食し、三度試みにあわれた。
1.もしあなたが神の子ならば、この小石がパンになるように命じなさい。
2,ここから下へ身を投げなさい。あなたが神の子なら天使たちが受け止めてくれるだろうから。
3,もしあなたが地にひれ伏して私を拝めば、世界のすべてをあなたにあげよう。」
(霊操274)

パンとサーカス?(当時ローマ帝国で人民を治めるために必要とされたもの。パンは、物質的な満足を、サーカスは精神的な満足を意味する。もっとも、この精神的な満足とは、享楽的な娯楽のことであって、本当の心の平和ではない。)
そして、1と2のパンとサーカスによって、3ローマ帝国のようなこの世の王となることは、キリストにとって容易いこと…。
しかし、イエズスはこれらをすべて斥けられる。

最初の弟子への招き
「『何を探しているのか?』
 『先生、あなたはどこへお泊りですか?』
 「いっしょに来なさい.そうすればわかる。』」
(霊操275)

人生の根源的な問い――私は、この人生で何をさがしているのか?
誰に従いたいと思っているのか?
私の理想は…、師は…、友は…、いったい誰なのか?

カナの婚礼ー初めての奇跡
「イエズスは、水をぶどう酒に変えられ、ご自分の栄光をあらわされた。
弟子たちは、彼を信じた。」
(霊操276)

主よ、私の生活を変えてください。
「味のない水」から「おいしいぶどう酒」に。
あなたの喜びを、すべての人にもたらすことができるように!

山の上での説教
「心の貧しい人は幸せ……」
(霊操278)

地の塩、世の光となり、あらゆる人の上に太陽を照らし、雨を恵まれる父なる神の証人となること。

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