幼児洗礼と宗教の自由

まじめな教義・聖書の話

子供に宗教を与えるということ

 カトリックには幼児洗礼の伝統があります。
 カトリックのみならず東方正教会や聖公会・ルーテル教会・長老派など数多くの諸派が幼児洗礼の伝統を持っていますし、
かつての日本の檀家制度もまた出生届を寺に出すことになっていましたから、生まれたら自動的に仏教徒になるという点で幼児洗礼に似ていたと言えます。
 しかし、現代ではそんな幼児洗礼にか関し、疑問の声が上がることもあります。
「子供の信教の自由は?」と。
これは大変難しい問題だと思いますが、論点を整理し考えてみたいと思います。

信教の自由とは

そもそも信教の自由というものをどう定義するべきかという問題があります。大別して二つの立場があるようです。

幼児洗礼懐疑派

 幼児洗礼が子供の信教の自由の侵害だと考える背景には、「まだ理解能力の低い子供は何かを教えられたら疑問を持たずに信じ込んでしまう。大人になって自分の考えを持てるようになってから自分で選ぶべきだ」という考えがあると言えます。
 つまり、この場合の信教の自由とは、「能力の限定された子供時代は、宗教的にはまっさらな状態で過ごさせる、そして大人になったら自由に選ぶ権利」ということだと定義してよいかと思います。
 現代社会において大人が自由に宗教を選ぶということは当然のことですので、今回の幼児洗礼の問題に関しては、前半の子供時代の過ごし方がこの意見のポイントと言えるでしょう。

幼児洗礼容認派 

 一方で、幼児洗礼を信教の自由の侵害だとはとらえない考えにおいては、
「信教の自由とは、自分の考えをもてるようになってから、自分が出たければ出、入りたいところに入り、変えたければ変える自由」だとすると言っていいでしょう。
 つまり先ほどの文章で言えば後半部分、選べるようになってから自分で宗教を選ぶという、現代社会の法で明言されている部分を重視していると言えます。
 その背景には、「子供の入信を禁じたとしても、子供に宗教的中立を与えるというのは現実的に不可能(親の価値観に子供が影響されるのは避けられない)」ということに加え、
「宗教は、政治的イデオロギーなどとは違い、道端のお地蔵様に手を合わせるとか、他の誰も知らなくてもお天道様は見ているといった、幼いころから親しむべき、理屈を超えた世界観だ」とかという感覚があるかと思います。

 これは、「頭で考える思想信条であるならば大人になってから選ぶことが望ましいものもあるかもしれないが、こうした何か人間を超えたものを畏敬する世界観とは、大人になってからのみ選ぶべきものとはまた別物である」とする思想的な性質の面に重きを置くわけです。

 これらは相反する意見ですが、この双方ともにそれなりの重みがあると言えるかと思います。

幼児洗礼の歴史

 一方で、幼児洗礼の制度はどのようにできたのでしょうか。大雑把にではありますが、見てみたいと思います。

使徒の時代~3世紀

 使徒業録によれば、キリスト教の初期、使徒の時代には子供を含めた老若男女が洗礼を受けていたとされます。
 また歴史的には、幼児洗礼が行われていたはっきりとした証拠として最古で2世紀ごろのものが見られるようですが、それも初めてのこととして遺されたものではなかったようですでの、おそらく使徒業録の記述は事実であるかと思われます。

4世紀の幼児洗礼衰退

 が、4世紀になって、幼児洗礼の流れがいくらか衰える時期がおとずれます。
 これは、キリスト教入信後に犯す罪とその公の償いを恐れて、子供には洗礼を受けさせない、成人であっても死ぬ直前にまで洗礼を伸ばすというものでした。
 これはつまり、せっかく洗礼の水で清められても、際限なく罪を犯してしまう自分たちに辟易して、死ぬ直前に洗礼を受けることで少しでも罪深くない状態で死にたい、という感情的な要請からくるものです。
 現代における信教の自由の問題とは違う理由ですが、これはこれで理解できます。
 また、当時の教会にはまだ罪の許しとか病者の塗油といった制度が整っていなかったことも、こうした感情的な不安を止められなかった要因としてあげられるかもしれません。

遺された親の感情

 ただ、結果として、これは長続きしませんでした。着目すべきは、これが神学的理由からのみではなかったということです。
 もちろん、洗礼は幼児にも救いをもたらすものだとか、幼児洗礼は原罪についての教会の信仰を確認するものである等といった神学的理由からの反対も強かったでしょう。
 しかし、そうした神学から縁遠い一般の人々の感覚としても、子供が洗礼を受けずに死んでしまった場合になんとも割り切れない気持ちが残ってしまうという、より現実的な問題もあったようです。
 もちろん、洗礼を受けられなかったからといって、子供が天国に行けないとは考えられません。むしろ子供はもっとも天国に近い人々だという気がします。
 でも、子供を亡くした親の気持ちというものが、そうすっきりはいかなかったというのもわかります。
 日本の感覚で言えば、死んだ子供が仏教徒とみなされず、子供に位牌や戒名を与えてやれなかったというような感じでしょうか(そのようなことがありうるのかどうかわかりませんが)。もしそのようなことがあったら、たとえそれが形式的なことであったとしても、とても悲しいと思います。

 つまり、この4世紀の幼児洗礼衰退という出来事をとおして、幼児洗礼は神学的な問題だけでなく、遺された親や家族の弔いの気持ちの問題でもあるということを、わたしたちは再確認することができます。
 普段特に宗教を信仰しているという感覚のない方もいらっしゃるかと思いますが、東日本大震災の際には食料や薬などの現実的な物資のみならず、お札などの宗教的な弔いの品があっという間になくなるなどし、ボランティアに行かれた僧侶の方がその事実にかえって心を打たれた、という話を聞いたことがあります。
 ですから、弔いの気持ち、そしてそうした時に何かの大きな力にすがりたいと思う気持ちはおそらく人間一般のもので、亡き子の見送りの際に違いが出てくるのではないかと思います。

 なおこの後、再び一般的となった幼児洗礼は、17世紀ごろにオランダのプロテスタントの一派から幼児洗礼を否定する流れ(バプテスト教会の起源)ができるまで、途切れることなく長く受け継がれていきました。

二者の兼ね合い

バランスをとる 

 こうしてみてきましたが、結局のところ幼児洗礼と信教の自由とは、どちらが正しいとは言い切れない、兼ね合いの問題なのかなという気がします。
 宗教の価値があまり認められていない現代日本においては、特に悩ましい問題です。

 新渡戸稲造は、アメリカ人に日本には特定の宗教はないと話したとき、では道徳や倫理をどうやって宗教なしに教えているのかと驚かれ、それをきっかけに「武士道」の執筆に至ったと言います。
 そうしたことから、宗教と倫理を結び付ける考え方もあることがわかります。
 しかしながら同時に、宗教色のない日本が災害時などに国際社会が驚くような高いモラルを示すことからしても、宗教と倫理は必ずしもイコールではないとも言えそうです。(実際、新渡戸はそれを武士道に求めたわけですし。)
 そうなると、繰り返しになりますが、やはり現代社会においては結局、場合場合に応じてバランスをとるしかないというのが実際のところでしょうか。

個人的見解

 私個人としては、幼い子供が道端のお地蔵様に合わせる小さな手や、十字架のキリスト像に向かって問いかける子供の声は、とても尊いものだと思っていますし、きっとそれはその子の人生を照らす道しるべになるのではないかと思っています。ですから、一応幼児洗礼肯定派です。

 が、同時に、矛盾するように思われるかもしれませんが、ある種の新興宗教などにおいては、子供に信仰させるのはどうかな、、と思ってしまうこともたまにあります。(これは、わたしが、伝統的な仏教やキリスト教その他の宗教と、それ以外の新興的な宗教を性質が違うと考えてしまうからでしょうね。)
 ですが、親がそういう信仰を持っている以上、子供を入信させなかったとしても、その影響を強く受けるのは当然なので、子供の入信に規制を設けてもあまり意味がないのかな、、とも思います。
 となるとその場合に必要なのは、脱退の自由の保証になるだろうかと考えています。

 また、さらに言えば、自分が優れた宗教だと思っているものであっても、あまりその社会になじみがないものだと、ちょっとためらってしまう気持ちがあることも、個人的にわかります。
 例えば、私は、原理主義とかではないちゃんとした宗派のイスラム教は、優れた宗教の一つだと思っていますが、もし私に、イスラム教徒の日本人配偶者がいて、一緒に日本に住んでいて、子供をイスラム教に入信させて育てると言われたら、ちょっと待って!と言いたくなるんじゃないかと思います。
 本人が大人になってイスラム教徒になりたいというならもちろんいいと思うし、あなた(配偶者)がイスラム教を信仰するのもいいと思うけど、わざわざ日本で日本人の子供をイスラム教徒として育てなくてもいいんじゃない、、他にいい宗教があるんだし、と。
 こうしたものに至っては、宗教一般に対する不信感とも、新興宗教に対する違和感とも違い、なんとなくといった感情的なもので、論理的に説明がつくものではない感じがします。

 ですから、どのような場合にしろ、子供の養育にかかわる人々はお互いの価値観と感覚について話し合い、
それなりの譲歩と意見のすり合わせに努めることが大事だということに尽きるかと思うのです。
 宗教が新たな家庭の火種になってしまっては本末転倒という感じもしますし、ね。

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