たまに笑いを取りにくるレビ記(?)
不謹慎なタイトルですみません。
今は治る病気ですが、かつてハンセン病(昔はらい病と呼ばれていました)は社会にとって大きな脅威だったようです。旧約聖書にもそれについての記述が多くあります。
旧約聖書の書物は、宗教的な規律であると同時に、現代の法律のように実社会の規律でもありましたから、誰が、どのように、ハンセン病と判断し、隔離するか、またどのように治癒したことを判断し、社会にもどらせるか、についても定めがありました。
旧約聖書のレビ記には、
皮膚の状態が~~であるならば、その者はきよい(ハンセン病ではない)とか、
皮膚の状態が~~であるならば、その者はけがれている(ハンセン病である)とか、
皮膚の毛が抜けている場合には、祭司は~~をそこに塗って、7日後に再度確認する。それが~~であれば、その者はけがれている(ハンセン病である)とか、
ハンセン病と判断された者で、毛が~~となり、皮膚が~~の状態になったなら、その者はきよい。その者は7日以内に全快の捧げものをしなくてはならない(社会へ戻るための儀礼)とか、(レビ記13.1~14.57)
というように(実際はもっと事細かく)、かなりのページを割いて判断の基準が定められています。そして、その中には、こんな描写もあります。
男の頭(頭頂)の毛が抜けても、それははげである。その者はきよい。(レビ記13.40)
もし男の顔の生え際から頭の毛が抜けても、それは額のはげである。その者はきよい。(レビ記13.41)
レビ記の著者…
これ、本当にまじめな流れで述べられているんですよ。
レビ記の著者は、天然だったのでしょうか。それとも、何か思うところあってなのか。著者は男性脱毛症がハンセン病に間違われるかもしれないと本気で思っていたのか。
だが仮にそうだとしても、なぜ、頭頂と額をわけて書いたのか。もしかすると、どうしても正確にすべてを書き記したい人だったのかもしれない、だが、それならば円形脱毛症なども書くべきだったのではないのだろうか――。
考えれば考えるほど疑問の湧き出るこの項目。
レビ記の著者にこれを書いた意図を聞いてみたいです。
旧約聖書で笑った話(2)はこちら