凡人を超えた王ゆえに
ダビデ王については、以前に二回ほど書きました。(参照:旧訳聖書で笑った話(5)ダビデ王前編/旧約聖書で笑った話(6)ダビデ王後編)
偉大な人物であることは疑いようがないのですが、偉大過ぎるのでしょうか、いろいろな意味で常識を超えます。
大変魅力的な人物です。今回も彼について書いてみたいと思います。
ダビデ王の壮大な人生履歴
彼は、元々はエッサイの八番目の息子、美しい羊飼いの少年でした。 竪琴の名手でもありました。
彼はイスラエル王サウルに仕え、ペリシテ人の巨人ゴリアテに投石器のみを持った軽装で勝ち(ミケランジェロによるダビデ像が有名です)、数々の武功を上げました。
そのあまりの有能ぶりに、かえってサウルから妬まれ何度も殺されそうにもなるのですが、 ダビデはあくまでもサウルを主君として立てつづけ、裏切られても裏切りで返さず忠誠を保ち続けることでかえって神の寵愛を得ました。
そして、その後サウル亡き後はサウルの後をつぎ、人望も実力も備えた全イスラエルの王として長く君臨しました。
完璧すぎます。
チョイ悪もまたかえって…
しかしその一方で、有能すぎるほど有能であった彼ですが、決して品行方正なだけというわけでもなかったようです。
彼は大変女性にモテました。まあ、ハンサムで勇敢で人徳がある王様となると、モテないわけがないですよね。
モテるだけでなく、彼自身もまたよく恋に落ちました。時に他人の妻すら、一目ぼれの末に奪うような真似もしました。(のちに預言者を通じ神からひどく叱られ、反省しました。)
品行方正な優等生じゃなくて、女好きなところすら、なんだかかえって完璧さを増すように思えてきます。
やっぱり彼は完璧です。得ですね…。
ダビデ王の第三の顔
が、こんなダビデ王にもうひとつ、新たなイメージを与えてくれそうなエピソードがあるので、ご紹介します。
それは、ダビデによるエルサレムの新都建築のときの話です。
実は、サウルはイスラエルの王とは言うものの、イスラエルの南北統一は成し遂げずに終わっていました。
ダビデがのちに南北を統一して、全イスラエルの王となります。(この「全」が南北イスラエルを意味するわけです。)
ダビデはその悲願である統一への一歩として、まずその要地エルサレムを異邦人から奪いました。
そして、エルサレムを新たなイスラエルの都とすることにしましたが、それまでエルサレムはエブス人という異邦人の地だったので、
ダビデはイスラエルの神の臨在の象徴であった「神の箱」をこの新都に運び込むことで、宗教的にも政治的にもここをイスラエルの都としようとしました。
(神の箱とは別名契約の箱とも呼ばれ、モーセが受けた十戒を記した石板を入れた箱のことです。)
それは南北イスラエル統一へ王手がかかったようなものであり、偉大な都エルサレムの誕生でもありましたから、
国全体が喜びと祝福に沸き、イスラエルの家々はこぞって喜びの声をあげ角笛を吹き鳴らして神の箱を運び上げた、と旧約聖書は記しています。
どうやら、大変なお祭り騒ぎだったようです。
ダビデは神の名によって民を祝福し、すべての群集にパンや菓子を分け与え、人々はみな満足して家に帰っていきました。
さて、この後何があったのか。
ここから先は直接サムエル記下6章で見てみましょう。
ダビデが自分の家に戻ってくると、ダビデの妻の一人であり、サウルの娘ミカルが出迎えて言った。
「今日のイスラエル王は、大変ご立派でした。
家臣たちの前で裸で踊られたのですから。
まるで、空っぽの男が恥ずかしげもなく裸になるように」
(サムエル下6,20)
裸踊り…?
ダビデ、なんてことを!!
お祭り騒ぎだったからといって、そこまでしていたとは…。
ダビデ王の性格が、ますますつかめなくなるエピソードではありませんか。
さらには、ダビデと群集たちの熱狂具合と、この妻の冷め具合の対比が、なんとも良い味を出しています。
ダビデとは、いったいどういう人だったんでしょう。
さっぱりわかりませんが、考えようによっては、裸踊りをするのにモテるというところがさらに偉大だったとは言えるのかもしれません。
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