まじめな教義・聖書の話

まじめな教義・聖書の話

幼児洗礼と宗教の自由

子供に宗教を与えるということ カトリックには幼児洗礼の伝統があります。 カトリックのみならず東方正教会や聖公会・ルーテル教会・長老派など数多くの諸派が幼児洗礼の伝統を持っていますし、かつての日本の檀家制度もまた出生届を寺に出すことになってい...
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犬にも小鳥にも天国で会いたい

動物は天国にいく? 誰かが亡くなったとき、神さまを信じる人々は、天国での再会を待ち望みます。わたしもその一人です。 ときに、疑いが生じてしまうときもあるけれど、それでも信じて生きていきます。 しかし、聖書は動物に魂があるとも、動物も天国に行...
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神の国ために子を捨てた者は

神のことばの難しさ時に混乱させる聖書 キリストの言葉って、たまによく意味が分からないときってありませんか? わたしはあります。子供のとき「神以外を父と呼んではならない」と聞いてショックを受けたのを皮切りに、常にキリストの言葉は謎をはらむもの...
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「親を敬え」

虐待した親でも? 旧約聖書は「あなたの父母を敬え」と言います。(出エジプト記20.12)それはとても大事な価値観だと思います。社会の秩序の基礎をつくるものであるといっても過言ではないと思いますし、子供を産み、育てるというのは本当に想像を絶す...
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ペトロへの問い

三度の問い 復活の後、キリストと弟子たちが食事をしたとき、キリストは、3回ペトロに問いかけられます。「わたしを愛しているか?」と。(ヨハネ21.15) 三度「わたしを愛しているか?」と問いかけられ、ペトロは三度「はい、主よ、わたしはあなたを...
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神はなぜ人をむりやり救ってくれない?

弱い人間 なぜ神さまは無理やりにでも人間を救ってくださらないのでしょう? なんだか不思議なタイトルになってしまいましたが、このように感じたことのある人は多いのではないでしょうか。 羊が羊飼いから離れてしまうことが羊にとってとても危険なように...
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母になれない母の苦しみ ~ カナンの女

無償の愛の象徴として使われることもある「母」。しかし、本当の意味での「母」になれない母親たちもいる。彼らの自分だけではどうにもならない苦しみと、キリストのことばについて考えます。
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キリストに兄弟はいる?

えっ、キリストに兄弟っているの?カトリックの教義って変じゃない?聖書やカテキズムを独学で学ぼうとするときは注意すべき点があります。その背景にある事情を知ると腑に落ちることでも、知らないと理解が困難です。
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ゆうれい in 聖書

ゆうれい in 聖書 ?私は霊感がまったくなくて、ゆうれいを見たことはないのですが、世間では見たという話もけっこう聞きます。私は人一倍こわがりで、そういう系統の話はとても苦手です。恥ずかしながら、おとなになった今でさえ、たまに思い出すと夜眠...
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神が存在する証拠?

神の存在を証明できるか?幻か真実か神さまの存在は信じる人にとって生きる希望です。 ですが、それは人間が作り出した幻の存在ではないか、と考える人もいます。強く生きていくための美しい幻想だとか、つらい現実から逃れるための麻薬だとか。 そうした考...