人類の迷惑な父ノア
ノアの方舟の話は有名ですね。旧約聖書の物語のなかでもっともドラマチックなもののひとつではないでしょうか。
しかし、40日40夜の洪水を耐え、その後長い漂流を経て方舟での旅も終わり、水が引いて現れた新しい地に足を踏み入れてからも、彼らの人生は続きます。
旧約聖書によると、ノアはその後農業を始め、初めてぶどう酒をつくった人となったようですが…。
さてノアは農夫となり、ブドウ畑をつくりはじめたが、
彼はぶどう酒を飲んで酔い、天幕のなかで全裸になっていた。
カナンの父ハムは、父の裸を見て、外にいる二人の兄弟に告げた。
セムとヤペテとは着物をとって肩にかけ、
後ろ向きに歩み寄って父の裸をおおい、
顔をそむけて父の裸を見なかった。
やがてノアは酔いがさめて、末の子が彼にしたことを知ったとき、
彼は言った、「カナンはのろわれよ。
彼はしもべのしもべとなって、その兄弟たちにつかえよ。」
(創世記9.20~25)
人類の父が酔っ払って全裸になってしまいました。
父の裸を見ることが失礼なことであるとか、父のそうした失態をわざわざほかの人に告げることもまた失礼なことであるとか、いろいろ解釈はあるようではあるのですが、
そもそも父が泥酔しなければ、いえ、泥酔したとしてもせめて裸にならなければすんだ話ではないのでしょうか。
そもそも、かつて滅ぼそうとした世界のなかで生き残るべく神から方舟づくりを託された「主とともに歩んだ正しい人・ノア」が、こんなになるまで飲むとはいったい何があったのでしょう。
やはり方舟生活は相当ストレスフルだったのでしょうか。
しかも、それを見て他の兄弟たちに告げた息子は、酔いがさめた父本人からひどく呪われてしまっています。
だいたいこういう呪いとは子々孫々へ受け継がれるもののようなのですが、
そもそも息子の子孫とはノアの子孫です。
私たち人類の始祖たる父ノアは何が望みだったのでしょうか。けっこう謎の人です。
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