解放の神学とは

まじめな教義・聖書の話

こんにちは。
「解放の神学」という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか。
 以前、このブログでも少しだけ言及したことがありますが(参照;その男・ユダ)、早い話が「宗教とは、人間の精神的な救いのみを目指すものではなく、世の不正義や貧困からも人間が解放されることを目指すべきものではないか」という視点から出発した実践的な神学の一派であり、一般にはキリスト教的社会主義とかキリスト教左派とかの一類型とされるものです。
 世の不正を見て見ぬふりをし、その不正の上に胡坐をかくようなキリスト教者の祈りは偽善であり、望ましいものではないことは明らかです。その点、この解放の神学を明らかに正しいように思われます。
 しかしながら、何かの社会的な思想と宗教とが結びつくとき、そこには新たな落とし穴も加わるもものらしく…、これはなかなか一筋縄ではいかない、宗教の本質に迫る問題です。
 今回は、これについて見てみたいと思います。

解放の神学

 解放の神学とは、主に第二バチカン公会議の後、ラテンアメリカで生まれた実践的な神学です。
 ラテン・アメリカは、カトリックの勢力がとても強く、その一方で格差や汚職による貧困、貧困や道徳の低下からくる治安の悪化など、深刻な多くの社会的問題を抱えていますから、そういう思想が生まれたのも納得です。そこから、世界全体への広まりを見せています。
 (*第二次大戦前中のボンヘッファーを始まりとする考え方もあります。ボンヘッファーは、ヒトラー暗殺計画に加担しナチスに殺された牧師です。どちらにしろ、聖堂から出て、実際の社会制度の変革のために行動する信仰を指すと言えるでしょう。)

 これにおいては、信仰は教会の中で実践される精神的なものではなく、より社会的・政治的・経済的な活動と関連をもち(場合によっては革命などをも画策し)、貧苦や圧政にあえぐ民衆の中でこそ実践されるべきものとなります。
 実際に、ニカラグアでは、私利私欲を求めないカトリックの聖職者であった者が民衆の支持を得、政治の要職に就くために苦渋の選択の末に聖職者を辞めた(注;カトリック教会は聖職者が世俗の権力ある地位に就くことを認めていないため)という例もあります。

 これは、もしかしたらユダが「キリストが魂の救済者であると同時に、なぜ現実社会の王であってはいけないのだろう」と考えたかも(?)しれないことと重なるような気もしますが、どうでしょうか。(実際にユダがどのような意図でもってキリストを裏切ったかはわかりませんが。)

 また、必ずではありませんが、ときに階級闘争などマルクス経済学からの思想的な借用も見られる場合があるようです。
 マルクス経済学と言うと、旧ソ連や旧東側諸国の例からして、独裁とか悪とかというイメージもあるかもしれませんが、本来的に思想そのものが独裁を伴うようなものだとは限らず、また失敗したと言えるのは「旧ソ連型」や「旧東側諸国型」の共産主義であり、もしかしたら違う形での共産主義自体にはまだ可能性は残されているのかもしれません。
 また、思想そのものとしては、むしろ共産思想は、高潔すぎると言えるほど高潔なものだとも言え、(だからこそ常にそうではいられない人間社会での実践にはなじまなかったのかもしれませんが)、簡単に否定できるものではないかと思います。

 さて、こうして見てみると、特にこの解放の神学運動に問題はないように思われるのですが、実際は多くの分裂や摩擦を教会内に引き起こすこともあり、またバチカンとの折り合いもあまり良くないようです。
 それはなぜなのでしょうか。

「世を変えよう」という高潔さと傲慢のあいだ

ある神父様の試み

 さて、話は少しそれますが、私は、ある一人のイタリア人神父様に会ったことがあります。
 彼は、日本で長く宣教活動をしていました。
 宣教と言っても、都会や街中ではなく、それこそ日本の有名なドヤ町で日雇い労働者たちと暮らし、同じように土方の仕事をして一緒に汗を流し、時に一緒にデモをする、そんな生き方をする人でした。
 彼はよく言っていたものです、「あそこの生活こそが真の民主主義だった」と。全員が平等で、何も持っていなかった、そして自分もその一人だったと。
 そこまでできる人がどのくらいいるでしょうか。その神父様は一人の人間として、とても魅力的でした。

 そして、そんな彼が、どういうわけか?、普通の街中の教会に異動になりました。私がその神父様に出会ったのはそこでです。
 精力的な彼は、新しく赴任した教会の改革を始めました。現代の日本では、居場所のない人々がたくさんいる、ひきこもる若者がこんなにいるなんてこの社会は病んでいる、だからこそ教会がみなの家族とならなければならない――。彼には多くの理想と情熱がありました。
 その思想自体は、概ね正しいものだったかもしれません。
 しかし、彼は、最初こそ歓迎されたものの、時間がたつにつれ、多くの分裂を引き起こし、多くの人の反発を招きました。
 それは、変に聞こえるかもしれませんが――、彼には、彼の改革案に絶対の自信があったからと言えるかもしれません。

 たとえば、神は助け合えと言っている。だから、助け合うボランティア活動を信者の義務とすることも、神の意志に沿っている。そして自分はそのために働きかけている。
 実際その神父様は、無償ででも何処にでも駆けつける情熱の持ち主でしたから、私利私欲のために動いていたわけではなかったと思います。
 しかし、自分の行う改革が神の意志に沿っていると心から信じていたから、彼は決して反対意見とは相容れず、それを押し付け――、現実として引き起こされたものは分裂ばかりでした。
 信徒たちのある者は離れ、ある者は心を病み、ある者は神父に反旗を翻し…と、教会は彼の理想とはますます離れた状態へと陥っていったのです。

現実の策と福音との距離

 これにおいて問題だったのは、「互いに助け合いなさい(テサロニケⅠ5;11)」や「互いに愛し合いなさい(ヨハネ13ー34)」という聖書の言葉そのものは、(キリスト者にとっては)絶対に正しいものであるとしても、現実の策においては、キリスト者だからといって絶対的に正しいものなど存在しないにもかかわらず、彼がその二者を結びつけてしまったことだと言えるでしょう。

 例えば、聖書の言葉とボランティア活動。
 聖書の言葉と寄付。
 聖書の言葉と社会主義。
 聖書の言葉と労働者のためのデモ運動…。
その神父は、これらボランティア活動などの日常的な行動から政治的な思想まで、自己の正しいと信じるものを、あたかもキリスト教信仰と同一視していたようでした。
 そして、相手も信者なのだからとそれを押し付けたこと、それがそもそもの混乱の元凶だったと言えるかと思います。

 そして実は、こうした傾向が、一部の解放の神学にも共通した現象としてあるようなのです。(実際そのイタリア人神父様は強硬な解放の神学論者でもありました。)

ある思想を正しいと信じる「傲慢」の落とし穴

 思想と信仰の間には乖離があり、たとえ善意をもってしても、それを同一視することはできないのに、情熱と理想のあまり、二者の性質の違いに気づかず、それらの実現はきっと神も望まれていることに違いないと決めつけてしまう。
 そしてそれがうまくいかないときに、自分の意見は神の言葉に従っているのだから絶対に正しいと、自分に相手を非難する権利があるかのように思ってしまったり、また大事の前の小事とばかりに、少しの無理を押し通すことも必要悪だと思ってしまったり。
 こうなると、もうこれは独善であり、傲慢の色を帯びてきます。

 そして、特にそれが自分の利益のためではなく、必要ならば自分の命ですら捧げる覚悟でいるときなど、かえってそれは一層強固な信念となり、こうして最も清らかで力強かったはずの人が、カトリック教会ナンバーワンの重い罪である傲慢へ――。
 伝承において、最も高い位にいた大天使ルシファーが、傲慢の罪によって堕天したとされているのは象徴的です。

 人類の理想を求めた共産主義の全体主義化はじめ、日本の軍国主義や、それこそヒトラーの独裁ですら、全部が汚いものではなかったのではなく、何らかの理想を含んでいたのからこその暴虐だったのかもしれません。
 人間によって引き起こされた過ちの多くには、これと似た過程があったのかもしれない、などと思うのですが、どうでしょうか。

解放の神学の実践

 さて、すべての解放の神学がそうであるわけではないのですが、実際にこうした極端な思考に陥って、多少独善的な態度になってしまっているグループがあることは事実のようです。
 それが摩擦や教会内での分裂へとつながっているとは言えるかと思います。(彼ら側からしたら、それを受け入れない側のせいで摩擦や分裂が起きているということになるのかもしれませんが。)
 もちろん、バチカンにも、もしかしたら保守に過ぎる部分はあるのかもしれません。
 が、少なくとも、バチカンから危険視されていることには、それなりの理由があるとは言えるかと思います。

 実際、最も極端なところでは、ラテンアメリカのある一派の中には、「私は剣をもたらすために来た(マタイ10.34)」という言葉を、「社会正義の実現のための革命のためになら武力をも許される」というふうに解釈しているグループもあり、個人的には、そうなるともう聖職者どころか、普通にキリスト教徒と呼んでいいのかすらわからない気がします。

解放の神学のあるべき姿

 しかし、一方で、他人への押しつけではなく、ただひたすらに自分の信じる社会的な活動を続け、結果として変革をもたらすキリスト者も多くいます。彼らの行動は、真に解放の神学と呼ばれるに値するような気がします。
 例えば、マザーテレサなどはその一人でしょう。彼女は、多くの解放の神学論者たちから、より良きことをするために政治的な場に進出するべきだと長年言われていたそうですが、彼女はそれは拒否し続けました。彼女は自分が他人や社会を変えようと思っていたわけではなかったのです。
 その点で、彼女は、「解放の神学論者」とは違いましたが、実は、彼女こそが、本当の意味での解放の神学の「実践者」だったと言えるのではないでしょうか。

 総じて、バチカンにすべての解放の神学論者が疎まれているというものではありません。
 「解放の神学的」な行動をとられる聖職者は、バチカンにも、そして他の多くの場所におられます。ですから、解放の神学の理想そのものが敵視されているというものではないかと思います。
 強いて言えば、「自分が改革しよう」という意識が、バチカンから危険視されるとは言えるかもしれません。
 同じことをするにしても、この二者の意識は似て全く非なるもので、そこには傲慢の芽が潜んでいるかもしれないからです。

 ちなみに、前教皇ベネディクト16世(元教理庁長官ヨゼフ・ラッツィンガー)は、解放の神学に対し、否定的な立場でした。
 彼は、上記に述べてきたような、傲慢という宗教的な側面に加え、①不確かな未来の利益のために、現在の苦難を肯定することの危険性(来るべき理想のための犠牲を甘受するという姿勢は解放の神学の革命思想について回った)、②それが実現した時にどのような社会システムを構築するかに関し、具体的なプランも知識もなく計画性に乏しいこと、等をその理由として挙げておられました。
 それなりの説得力のある言説ではないでしょうか。

 また、いろいろと偉そうなことを書きましたが、筆者は若いころ、ラテンアメリカのイエズス会士が書いた解放の神学の論文に心酔した一時期があったことも申し添えます。
 また、現在でも、すべての解放の神学論が一律に教会から危険視されるとしたら、それはおかしいと思っています。

今日も読んでくださって、どうもありがとうございました。

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