ベトサダの池での出来事~38年間病気だった人

まじめな教義・聖書の話

 こんにちは。お元気ですか?
 ヨハネ5章1ー9で、キリストがベトサダの池という所に行かれた時のエピソードがあります。キリストはここで、いつものように病人を癒されます。こう言っては何ですが、よくある話です。
 でも注意深く読んでみると、同じように病人を癒すにしても、毎回毎回、違った事情や物語のヒントが隠されていることに気づきます。
 今回は、このベトサダの池にいた病人のことを考えてみたいと思います。

38年間病気だった人の願い

ヨハネ5章1-9の概略

 まずは物語の大まかなあらすじを載せます。
 
 エルサレムの羊門の近くにあったベドサダの池の柱廊には、大勢の病人、目の見えない人、足の不自由な人、体のマヒした人などが横たわっていた。
 さて、そこに、38年間も病気にかかっている人がいた。イエズスは、その人をみて、もうかなり長い間病気にかかっていることを知り、
「よくなりたいのか」
と声をおかけになった。
 病人は、
「主よ、水が動くとき、私を池に入れてくれる人がいません。私が行くうちに、他の人が先に降りてしまうのです。」
と答えた。
 イエズスは、「起きなさい。寝床を取り上げて歩きなさい」と仰せになった。
 すぐにその人は良くなり、寝床を取り上げて歩き出した。

この人はどういう人?

 かなり短い簡潔な話なのですが、よく考えてみるとちょっと興味深いものがあります。
  この人は、38年の間病気だったということです。
 では、まず、この頃の平均寿命って何歳くらいだったのでしょうか。

当時の平均寿命

 最も古い平均寿命の推計値として、ローマ時代のエジプト(33-258年、まさにこの出来事と近い時代と場所ですね)によるものがありますが、それはなんと24歳!
 もっとも、これは、赤ちゃんの時に死んでしまう人がとても多かったのを含めた値なので、(一歳未満の乳児死亡率がなんと3割にも上っていた)、ある程度大きくなるまで育った人間のみに限れば、もう少し長寿です。
 ですので、同じくローマ時代、15歳まで生き延びた男子であれば平均余命18年、つまり寿命は平均して33歳程度だったとか。それでも今の感覚とは違いますね。

 もっとも、そのように社会状況における差によって実際の寿命は現代と大きく違いましたが、なにも今の人類と違う種だったというわけではないのですから、運が良ければ現代と同程度に長生きをする人もいて(例えば、84歳になっていた女預言者アンナ。ルカ2章36)、それは本当に特別な、特記すべき恵みの象徴でもあったようです。

この人の場合

で、このベドサダの池の病人に戻ります。
 この時代の38年間です。
 今の感覚でも、38年間病気って本当に長い闘病生活だという感じがするのですが、この時代で言えば、もう平均寿命より長くずっと病気で苦しんでいたわけです。

 そして、もしこの人が、小さい時から病気だったとしても、もう年齢は40歳くらいにはなるでしょう。
 もっとも、全体の平均寿命よりはもうすでに年上ですが、ここまで実際に生き延びてこれたのですから、これからすごく健康になれれば、もしかしたらまだかなり生きられるかもしれません。

 でも、その場合は、この人は、小さい子供のときから動けない病気の状態だったのですから、働く手段がない、つまり何も職などの経験がないことになります。
 今までは、よく動くことができない病人として、施しなどで生きてきたのかもしれません。でも、福祉制度なども完備されていないこの時代、癒されてしまったら、それはそれでまた新たな困難に直面しそうな感じもします。

 また、この人が15歳くらいから病気になっていたとしたら53歳、20歳のときに病気になったとしたら58歳、還暦前です。
 この場合は、ある程度の年まで健康だったのですから、健康な人としてのそれなりの人生経験があり、何らかの技能があったり働き方などを知っていたりするかもしれません。
 でも、年齢が年齢、そしてなまじっか働いた経験があるとかえって、この自分が置かれた状況がどれだけシビアかわかっているかもしれません。

 そう考えてみると、もうこの人がどんな年齢だったとしても、簡単に癒しを望むことすらできなくなってしまいそうな、そんな難しい状況に置かれていたと言えそうです。

家族は…?

この人は、キリストに対し、
「主よ、水が動くとき、私を池に入れてくれる人がいません。私がいくうちに、他の人が先に降りてしまうのです。」と言っています。
 ちなみに、このベドサダの池とは、周期的な水の動きをする間歇泉であったようで、そして病人が治るために集まっていたとはその鉱水の効能のためであったようです。

 さて、この人はよく動けず、水が出た時に彼を水のところまで運んでくれる人がいませんでした。
 彼の病気を治すために手助けしてくれる家族のような人たちが、彼にはどうやらいなかったようなのです。
 彼は、「私が行くうちに、他の人が先に降りてしまうのです」と言っていますから、ゆっくりは動けたようですね。
 でも、もっと動けるタイプの病人であるとか、家族とかがいる人たちとかが先に水のところに行ってしまう。彼は、このような病人ばかりが集まった場所ですら一人ぼっちであり、病人の中でも出遅れてしまっていました。
 思うに彼は、このベドサダの池の噂を聞いて、ゆっくりゆっくり自力でやってきたのでしょう。そこまでは時間をかければできたのですが、間歇泉に合わせて動かねばならないとなると、これ以上もう彼にはどうにもならなかった。
 そしてキリストは、よく大勢の病人が横たわっていた5つの柱廊のなかから、この一人の人を選び、話しかけられました。大勢の病人の中にいる一人の病人、それも誰も手を貸してくれる人もいない病人に、イエズス様は声をかけられたのです。

病人とキリストの会話

 キリストは彼に、「よくなりたいのか」と尋ねます。
 大勢の病人達が集まった湯治のような場所にこの病人も来ているんですから、まあそれはそうでしょうということもできますが、考えてみると不思議な問いです。なんでそんな当たり前のことを聞いたのでしょう。
 もしかしたら、先に述べた多くの事情からして、この病人には、他にも望むべきかもしれないものがいくつもあったからかもしれません。とにかくキリストはそう尋ねられました。
 
 それに対して病人は、「水が動くとき、私を池に入れてくれる人がいません」と答えています。
 自分に声をかけてくださったキリストに、「私が池に入るのを手伝ってくれませんか?」とお願いしている感じです。それ以上のものを言うことだってできたのに、彼はその先を思い悩まず、そのときに必要なものだけをシンプルにお願いしたのです。
 そうすると、キリストは「起きなさい」と命じ、キリストの命じたことはその通りになりますから、その人はすぐに良くなって起き上がり、歩きだしました。
 
 とても短い話です。
 でも、こう考えてみると、この人、すごい…って思いませんか?
 噂の預言者らしきキリストがきて、自分に話しかけて、それで頼むことがお金とか生活とかでもなく、一気に健康を、ですらなく、ただ他の病人たちのように自分を池に入れてくれることだったのです。
 38年間の闘病のあとでも、ベドサダの池で動く水を一生懸命追いかける、そんな人生へのまっすぐな態度、心の強さと、そして衒いのなさ。
 彼は、確かにこの奇跡にふさわしい人だったのだろうと思います。

思い煩いへはどこへ

 私たちは、日々思い煩います。はっきり言ってしまえば、全く思い煩わないとすれば、それはそれで異常です。
 しかし、思い煩ったところでどうにもならないことも人生には極めて多い。そして、時にその思い煩いがかえって、その人の道をふさぎます。

 ここで、ペトロの手紙を紹介して、この回を締めくくりたいと思います。
 伝承によると、ぺトロは毎朝ニワトリの声を聞いては泣き、そのため晩年には目が見えなくなっていたという思い煩いの王者ですが、その生涯続いた強い後悔とともに生きながら、初代教会を率い偉業を成し遂げる強さをも持った私たちのリーダーでもあります。

「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。
神があなたのことを心配してくださるからです。」

(1ペトロ5、7)

最後まで読んでくださってありがとうございました。

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